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2019年10月26日

お湯を沸かすということ その3

 エアコン、電子レンジ、洗濯機、冷蔵庫、テレビ、照明器具等々、今や日常生活に当たり前に登場する家電品。現代生活において一番エネルギーを消費するのは、これらに消費される電力だと思いがちですが、「お湯を沸かすということ」に注がれるエネルギー消費量が、実は一番多いのだそうです。
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 銭湯通いやお風呂は一日置きというサイクルの生活ではなく、内風呂で毎日入浴・シャワーという生活がこのグラフに反映されている訳ですが、給湯の中でも湯量を必要とするお風呂の湯を沸かすということを、太陽熱、ガス、灯油、電気、薪、いずれで賄うか。五右衛門風呂のように薪で浴槽ごと加熱して湯を沸かすということを毎日の仕事量としてこなすことができる方は、かなり限られると思います。太陽熱で賄うことができれば、光熱費の減少に特に夏場はグッと効果的です。夏場、鋼板葺き屋根に上って表面温度を測ると、70度は超えていますから、この熱を使わない手はないと素直に思えます。新築の機会であれば、美観・耐震性を考慮し、屋根に太陽熱温水器を乗せる方法ではなく、屋根面を用いて集熱し、湯は集熱器と切り離したタンクに貯湯するという方法が可能です。
 湯を沸かすといえば、’16年の中野量太監督の映画『湯を沸かすほどの熱い愛』は良い作品でした。人のエネルギーというものも、しっかり伝わることで反応しあって湯を沸かすほどの熱を発するものだと鑑みました。ボタンを押せば勝手にお湯が湯舟に貯まってくれる、そんな楽ちん素敵な暮らしが叶う現代ですが、それを当たり前のこととして受け止めず、給湯器や電子回路の研究の積み重ね感謝しつつ、「お湯を沸かすということ」の労力に想いを馳せたいと思います。

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2019年10月25日

お湯を沸かすということ その2

 家々の軒下等にプロパンガスボンベがあると「田舎」という印象を持ちます。首都圏でもまだプロパンガスのお宅がありますが、ボンベ式=古いと認識しているからでしょう、家を建て替える時には都市ガスに切り替えることを当然のように捉えていたように思います。しかし東日本大震災や熊本地震の際、ガス供給停止とならなかったプロパンガスのお宅は一目置かれました。ガス供給が止まり寒い中、お湯が沸かせなかった生活では辛さが増したと伺っています。温泉や銭湯が施設開放してとても喜ばれていましたね。でも、都心は銭湯が消え、温泉などそこかしこにある訳ではありませんから、同じようには助けて貰えません。
 ガス供給ラインにトラブルがなければ都市ガスはありがたいものなのですが、報告書によると、海上輸送の都合上海辺に配することになるガスタンクからの各住戸への供給を保つことは、津波を伴う大地震では難しい様です。
 既に都市ガスが敷地に引き込まれていると、なかなかプロパンガスに戻ろうという気持ちにはならないと思いますが(給湯器やコンロの交換も併せて必要)、プロパンガスボンベを用いガスをストックする、このことで災害時でも暮らしに必須な火力を確保することができますので、まだ都市ガス本管が敷地の前まで来ていないという場合は、引き込むための費用を、停電時のバックアップとしてプロパンガスを使った発電設備の確保に回すことも、一考の価値有りではないでしょうか。現在はプロパンガスもマイコンメーターに自動遮断機能が付いており、異常時にはガス供給をストップできますから、都市ガス同様安心です。

プロパンガスと都市ガス(主成分:メタン)を比較してみますと・・・
比重:
プロパン1.5(空気より重い)、都市ガス0.6(空気より軽い)
発熱量:
プロパン約102MJ/㎥、都市ガス約45MJ/㎥(2.26:1)
価格:
プロパンは非公開な供給会社が多く、適正価格の把握、相見積もりが必要
都市ガスは公開されている


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2019年10月24日

お湯を沸かすということ

 一昨日、台風19号被害で断水となった家々の蛇口から、水が細くチョロチョロと流れ出る映像が映し出されました。「住まいの蛇口から水が出る」その安心感、喜びは如何ほどのものだったでしょうか。少しずつ寒さが感じられ始めました昨今、電気、ガスの復旧が整い一刻も早くお湯も出るようになりますように。
 「住まいの蛇口からお湯が出る」ということは、生死関わる水の供給とは少し異なり、ガス給湯器が一般家庭に降りてくるのを待たねばならなかった時代を知っている年代の人にとっては、より贅沢なこととして捉えることができるかもしれません。「庶民の家に風呂はない」という時代から「内風呂がある時代」となっても、風呂の湯は薪で沸かすのが当たり前でした。私も幼い頃の家の風呂は五右衛門風呂で、北側に面した台所の流し台が終わると勝手口があり、その土間が焚口として間取られていました。祖母がいつも土間の上がり框に腰かけて焚口に薪をくべお湯を沸かしてくれていました。昭和40年代宮崎県延岡市でのこと、他の近隣住居は既にガス釜を用いていましたが、我が家は文明に取り残されたスタイルでした(詳細は『アルバムの家』にて執筆しています)。
 災害を機に今、改めてお湯をどう住まいの中で確保するか考えてみたいと思います。これ実はとても大切なこと。


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2019年10月15日

旧同潤会江古田分譲住宅

 生活に相応しい住まいのあるべき姿を模索し続けて、現在がある。民衆の思いなど重要視されなかった時代から、「民主化」という聞きなれない言葉にドギマギした時代を経て、何を大切にすればよいのかよく分からなくなっている無思想な時代へ。流れ変遷の具現である古民家や一間洋館、同潤会設計基準による住まいなど、長く住み継がれた住まいが地域性を含めた建物としてのその姿を消してしまうと、きっと人々は何を大切にすればよいのか益々分からなくなってしまうであろう。
 有難い事に、1934年の夏「農村の中に文明が降りてきた」とのキャッチコピーで受け入れられた財団法人同潤会による「江古田分譲住宅」30区画約3485坪には、面白わくわくした時代感が想像できる建物が、1軒だけ残っている。電気・水道・ガスを備えた(でもお風呂は薪で焚く長州風呂。なぜ?)9人家族と2人のお手伝いさんによる「佐々木家」約45坪。 
 その住まいでの暮らしは、同潤会設計像とは相反したであろう武家的厳格な家父長制残る暮らしであったそうだが、子どもたちは回遊式間取りを生かして家父長のご機嫌を損ねず遊び、垣根の緩い近隣住戸を逃げ場とし、大人となったもと子どもらに住まいを残したいという気持ちを生んだ。中でも家父長を祖父とする幼子であった奥村、能登路姉妹の心には、しっかりと愛着が芽生え育まれた。
 どんなに愛着があろうと、老朽化や維持費負担の限界から取り壊される道しか見出せない多くの事例の中に、15年後の2034年、築100年を迎えさせようと文化財としての保存に動かれた姉妹の存在が光る。国政も長期優良化住宅推進などと謳いながらその導となる住まいを人々に姿形として示せないのでは、制度に説得力を持てないままであろう。ぜひ、経済的に協力して保存を支えて欲しいものだ。また、事例が1軒しか現存していないという現実を、同潤会組織変遷の先頭に立つURはどう考えているのだろうか。
 今後、佐々木家が地域の中で生き続けるためには、地域の方々に実際に暮らしを体験して頂く事が必須であろう。縁側に腰かけて夏を涼んだり、畳でご飯を食べたり、蚊帳を吊って寝たり、薪で焚いて長州風呂に入ったり、佐々木家ならではの過ごし方が広まっていくとよい。そして、「江古田に住んでるの。」「ああ、江古田には駅前に佐々木家が残ってるんだよね。いいな〜」という会話が一般的に展開されるようになるために、これから仕込みで私はどんどんこのフレーズを使っていこうと思う。現行の「ああ、トマトタンメン『白龍』があるよね〜」を切り替えて。目指せ!佐々木家100年!! 応援しよう。

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2018年06月25日

竹の節

竹と合板の汽車
画像はいつぞやの古民家調査の現場で見かけた竹と合板による汽車のおもちゃ。親御さんが息子のために作ったのか、自分のためか、はたまたお抱え大工からの贈り物か、謂れは判りませんが、竹の形状を活かして上手く作られています。
竹といえば節。その節が重要なファクターであることに気付かせてくれたのは、茶道です。卓脚でも柄杓の盒・柄でも、数多くある竹を用いた茶道具の竹節は、作法に活かされて大変役立っています。節榑立つという言葉から節にマイナスのイメージを持っていましたが、竹に節があるということ、「一旦閉じる」ということは、意義あることなのだと気付き、プラスのイメージに変わりました。
人においても、子どもの入学、卒業や成人や、様々な節目を祝い、一旦閉じさせるということは、人としての骨格形成に必要なことであるが故に古より祭り事が組まれているのかと、今更ながら認識致しました。わたくし、必要ない!ってこれまで様々なイベント、スルーして生きて参りました。反省です。

chou23 at 12:34|この記事のURLComments(0)

2018年06月20日

分解

阪神淡路大震災の経験があったにも関わらず、小学校のブロック塀が危険なまま放置されたのはなぜなのか。楽しい絵をブロックに描くという試みが行われた際に、構造の検討がなぜなされなかったのか?当時の行政長や教育機関長の指示はどうであったのだろう?東日本の後には、水害以外に気が廻らない行政を当てにせず、自主防災の必要を感じて学区のハザードマップをつくるという小学校も出ていたのに、無念です。

物がどうつくられているかということへの関心の低さが根底にあるとすれば、そこから変えていかないと。私が木造の建物を真壁でつくる理由のひとつはそこ。自分の家がどういう構造で成り立っているのかを住み手が把握しやすいように、真壁を選択し小屋組みも顕すようにしています。防火の視点がそれを難しくしてしまう都市部の背景はありますが、基本は真壁。

自分でつくるものであれば構造は理解できますが、既成のものは分解してみないと判らない。「何でも分解してみたくなるんですよ」という人に先日出会いましたが、そういう人、好きです。手作りするという小さなことでも、ものの構造への関心は高められると思います。ものごと分解すること、既成品に頼らないということを頭の隅に置いておくことが大切なのだと思います。

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写真奥、丸いガラスブロックが連なる部分は「大壁」、他の部分が「真壁」

※真壁:構造部材としての柱を顕す、古来より木造にて伝統的に用いられている工法。現代は「大壁」と称するクロス等の仕上げ材で柱を覆い隠す手法が多く用いられるようになっている。     

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2016年03月31日

電気のこと 

明日4月1日から、家庭における電力自由化がスタートしますね。
自然エネルギーで生活したい誰もがその思いを叶えることができるようになるにはまだ年月がかかると思いますが、可能性を上げていくためににそこに向けて投資する、現在と比べて電気料金が余り安くならなくても、応援という形で自然エネルギー供給に力を入れている組織から電力を購入する、という選択もオフグリッド以外にあると思います。
では、そのような組織はどこなのか。供給先として住宅が対象となっている電力会社は現在相当数出てきているようですが(資源エネルギー庁登録小売電気事業者一覧)、自然エネルギーの供給をメインとしている組織数は少なく、未知である組織の顔は見えづらい、顔が見えると私が思えるのは「蠕験茱ラブエナジー」くらいでしょうか。その事業対象は組合員、23区では4月スタート分が既に満杯、次回受付まで供給待ちの状態のようです。

既存の市街地では難しいことですが、新しくつくる街ならば、エネルギー供給計画を地域単位で行うことができます。

東日本大震災による津波被害からの復興に挑んでいる東松島市は、「HOPE」という略称の一般財団法人「東松島みらいとし機構」を設立して、電力会社からの買い取りと太陽光発電により供給される地域電力の販売に取り組んでいるようです。

東松島市のあおい地区では復興まちづくりを住民参加型で行った成果でしょうか、昨年訪れた際に(記憶の中の住まいプロジェクトでお邪魔しました。)、住民の皆さんが私たちに現地で説明して下さった復興まちづくりにおける地域デザインの主旨は、先にプランナー側から伺っていた内容としっかり一致していました。
住み手とつくり手、お互いの考えが掴めた上でのまちづくりにおいては、地産地消が可能なエネルギーによるライフラインを共有することで生まれる生命共同体的一体感が、地域性の再構築に活きて、東松島市の目指す「震災前よりもより良いまちづくり」に繋がって行くのではないかと、漠然とではありますが可能性を感じます。

震災から五年が経ち、あおい地区では公営住宅が完成し、仮設住居での暮らしから脱して新居での生活がスタートしている方もいらっしゃいます。新居はとても住みやすいところだと感想を伝えて頂きました。仮設生活の間に培われた住民間のつながりは新しい居住地域に移っても活かされ続けているようです。

どう、パワーをシフトしていくか。顔がみえない、或いは地域性が見えない中で決めていくのは、難しいことだと思いますが、とりあえずやってみよう!という場合は、「パワーシフト」というサイトで、電力供給に関する情報提供をおこなったり、電力会社を選ぶためのチェックリストを作成したりしていますので、選択の参考にされていは如何でしょうか。
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2014年04月03日

家族に玄関はひとつ

今日は花散らしの雨でしたね。明日館前の道も桜の花びらで埋もれておりました。でも、お花見は十分週末も楽しめそうです。
先日、宮城県で昭和2年に建てられた西面三間南面5間半の縁を持つ住まいでの暮らしを、住み手の方に伺う機会を得ました。家族は祖父母、父母、子ども3人の7人で、ご一家は約束事として、必ず「玄関から出入りをする」ように決めていたのだそうです。子どもたちが縁側から自由に出入りできる開放的な間取りと受け止めた私の感想に続くお話でした。勝手口から続く裏木戸もあり、前面道路に面した店に続く店舗併用住宅で、店からも家へ入ろうと思へば入れます。
いろんな所から家への中へのアクセスが可能ですが、必ず家の出入りは玄関から行う、そういう決まり。
ふなっしーズ
で、玄関からすぐの茶の間にはいつもお祖父さんが座っていらっしゃり、家族が出掛ける時には「どこさ行くんだ?」、帰ってきたら「どこさ行ってきたんだ?」と検問。
孫たちは大きくなると杓子定規には受け答えせず、「うん、ちょっとフィリピ〜ン」などとふざけて答えるようになり、それをお祖父さんはニコニコと笑って受け止めていらしたそうです。声掛けは決して検問などではなく、家族への気配りのひとつ。
住まいは座売りの縁台を通して日用品をよろず取り揃える店へと繋がり、お客さんや従業員さんなどとても人の出入りが多い賑やかな生活だったとのことですので、ともすれば家族に目が届かなくなりがちなところを、玄関をひとつと決めることで補ってこられたのだと思います。
これは流行りの「リビングアクセス」、家族の各居場所と玄関をリビングを経由した動線で間取ることと要望の方向性は同じです。ただ、住み手の住みこなしというソフトではなく、動線計画というハードに頼るものであるという違いがあります。
家族の行動を把握し帰ってきた時の表情や声で外での出来事の様子を伺う専門の人がいてくれるというのは、共働きでも、二世帯であったからこそのゆとりを感じる住みこなし術。単世帯の共働きで子どもが帰ってきた時に両親が家に不在という家庭では、食事やお風呂の時間、就寝前のひと時などに如何に気持ちにゆとりのある共有時間を生み出せるかが大切になります。これにはソフト、ハード両面での工夫が必要ですね。

そこで、耳寄りなお知らせです。
女性建築技術者の会4月定例会では『子供たちは語る』と題して、女性建築技術者の母親に育てられ大人になった子供たちに、本当のところ子供心に親との生活をどう思っていたのか、本音を語ってもらいます。
ソフト・ハード両面の工夫が聞けるかもしれません。会員外でも参加OK。子育て真っ最中の働くお母さん、必聴の企画です! 詳しくはこちらから。

2012年04月19日

愚かな一歩を踏むべからず

久しぶりに活けた!

このところの大飯原子力発電所再稼働報道を聞く度に、政府は何かに脅されているのではないだろうかという気になります。
根拠のない安全性確認報告、根拠のない電力不足がもたらす弊害理由をかざしてまでも、再稼働の方針を示すのは、どこかの外国からか、国内からか、相当な圧力が掛けられているのではないかという気がしてくるのです。
安全性確認報告はそもそもの物質的危険性について触れられていませんし、たとえ放射性廃棄物、使用済み核燃料を処理できる物質、装置が見つかったとしても、その検証は即時に叶うものではありません。
国内からの圧力でそれが自分たちの政治生命を絶つ程度のことにつながるのであれば、とっとと断ち、愚かな一歩を踏み出すことはやめ、戦後を引きずったものなのか具体性は全くつかめませんが、外国からの圧力であれば、情報開示して検討する知性を示してほしいと思います。
そうではなく、政府独自で再稼働を選択しているのであれば、失望の果て行く先見えず・・・です。

私は一般人が宇宙などに行く必要はないと考えています。そんなお金があるのであれば、地球の人を救うことに費やすべきと考えます。人間の生存が地球で不可能になった時のために他の惑星での生存を可能にするための宇宙開発も不要と考えます。そんな思考があるから原子力利用を平気で選択肢に掲げるのだと思います。
最期を迎える力は人間が既に所有しています。その上で、私は少々の不便は受け入れて、地球を大切にする人間として成長して生きたい。
自然は子孫から借りているものなのですから。

2011年04月03日

生きるために必要なもの

「これからはオール電化が良いのですか?」
住まいづくりの相談をお受けした際によく頂いた質問です。
もう頂くことは・・・ないでしょうね。

皆さん、TVなどのコマーシャルから知った「オール電化」というフレーズに、よく理解できていないという自覚を持ちつつも、住まいへの供給エネルギーをすべて電気にしなければ「損する」のではないかという思いを抱いてしまわれた様でした。

私は・・・エネルギー量を必要とする「給湯」の熱源を何にするかとまず考え、低料金設定の深夜電力をこれからずっと活し続ける生活が可能であるならば、給湯を電気で賄い、調理もIHでという選択もあると思いますが、オール電化とするにしても、いざという時に切り替えることができるように、ガス管は引き込んでおいた方が良いと思います・・・とこれまでお話してきました。住宅への供給エネルギー源を一つに絞ることへの不安を、「何があるかわかりませんから」という漠然とした言葉でしか説明できていなかった私ですが、まさか、こんなことが起きるとは。 
「化石燃料には限りがある」という情報から、「オール電化」は浮上したと私は認識しています。それまではガスと電気は共存が宜しいと考えられていたのに、突然。  続きを読む