column

2020年05月15日

文通

どう凌いでいるだろう・・・と案じていた友人から手紙が届く。
あっという間に孫が5人になったとか、散歩は毎日行っているとか、他愛もない日常がつづられた手紙。ぬくもりが伝わる。文通也
Zoomでつながろうと思えば繋がれるけれど、あえて繋がらないでいたところに嬉しい一通。

また一緒に旅行に行ける日は来るかな〜 ⇒ 来る!

chou23 at 12:56|この記事のURLComments(0)

2020年04月27日

GW

なんとなく昔を思い出している。
ゴールデンウィークになっても何もイベントなどなく、ただ学校が休みだというだけだった頃。家庭によっての差はあれど、70年代、地方小都市のGWなどだいたいそんなものだった。退屈などは常にその辺にゴロゴロしていて、如何に凌ぐかは自身に掛かっていた。当たり前となった都心の食品夜間販売も、今、夕方にお終いとなる。昔に戻れたような懐かしさを感じつつ、コロナを凌いでいる。
昨夜は新月から三日目だった。いつもより切れ味よく感じた三日月は、「大丈夫だよ」と言ってくれているような光を放っていた。分厚い地球史の中の1行。
安心を取り戻すためには、原因が明らかにされることがとても大切だけれど、さて、中国という国はどう表明するだろうか。症例に関しては沢山の論文が中国から報告されているのだそうだが、政治家も手本となりたもうか。
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GWを迎えるスタンバイ(これだけ)は終了!


chou23 at 13:03|この記事のURLComments(0)

2020年04月05日

自宅療養は可能か?

コロナ感染で自宅待機や自宅療養を求められると、個室の無いつくり方をしている住まいは家族の安全を保つことができない。住居環境を踏まえて指示が出されているとも思えず、大変な思いをされているご家族は多いのではないだろうか。換気システムを家全体還気する様にルート設計していると、コストは下がるが、隔離室を陰圧に設定することができず、他室へ空気が廻ってしまう。
医療崩壊が見えてきた中、うさぎ小屋と揶揄されて久しい日本の都市住宅に未だ変化が見受けられない中、災いが増幅してしまうことが懸念される。今後同様なケースが発生することを想定して手がけさせて頂く住まいのつくり方を、今一度見直しておく必要がある。あらゆる場面をできるだけ想定しておくことが大事。しかし、こんなことは映画や小説の中のこととしか思っていなかった!!

4/7追記
・TBS NEWSが3/21報道した「自宅療養の方法」
・国立感染症研究所が4/2提示した「自宅療養時の健康・感染管理

やはり、感染症は自宅で療養することを要求すべきではなく、施設隔離が基本だと思う。

chou23 at 12:55|この記事のURLComments(0)

2014年06月15日

風致地区の成り立ち

シンポジウム「神宮の森から新国立競技場を考える」が開催されました。私はUSTREAMで拝見しましたが、登壇者の多くの方が一般の方々にもわかりやすくと努めて話をされているように思いました。槇さんも物の大きさを人に分かりやすく表現されて、一般に知らされている新国立競技場を鳥の目で見たCGでは隠されてしまっている問題点、人の目でどう見えるのかという絵を用意してお話して下さいました。
因みにギリシャVS日本は35対0で日本の負けだそうです。(サッカーWorld Cupの予想ではありませんよ
東工大大澤さんのお話「高さ制限とまちづくり」にあった都市における風致地区の成り立ちの話が興味深く、風致地区は1926年神宮外苑建設計画において制定されたものであることを知りました。風致地区の原点は神宮外苑であった。改めてその高さ制限の設定(第一種8m、第二種15m)の意図は樹木の高さが基準になっていること、風致地区の主役が建造物ではなく樹木であるということを考えると、突然昨年2013年に国立競技場周辺が再開発促進区に指定され、高さ制限が現規定(15m)の5倍の75mに緩和されたことの問題の大きさが明確になります。
そもそも2002年制度に組み込まれた再開発促進区は、大規模な工場跡地などある程度まとまった低・未利用地において、道路・公園などの都市基盤整備と優良な建築物等を一体的に整備することで、計画的な土地利用転換と、良好な市街地整備を誘導する都市計画、とありますから、すでにしっかりと人々の生活に根づいて利用されている神宮外苑地域に設定されるべきものではないものです。
お話の最後に、1926年に発行された小冊子『市街地建築物法の話』・・・[政府(内務大臣官房都市計画課)が市街地建築物法(建築基準法の前身法)に対する考えを国民への普及を目的に書いたもの]の一文を紹介して下さいました。
「市街地には住宅があり、商店があり、工場が立ち並ぶ。人はその間に生まれ、働き、患い而して死んで行くのである。些末の事項と見える建築物の配置、大きさないし構造設備の如何も、実は社会の禍福に影響するところが少なくない。来るべき文化の揺籃(ゆりかご。物事が発展する初めの意 )としての深く大なる使命を省察するに於いては、我等は広く眼を投じて市街建築の弊害に直面し、交通、衛生、保安、美観等各般の方面に亘って冷静なる計画と施設を進めなければならぬ。」
時代が流れても、この指針は変わらず普遍的に建築に関する法には流れているべきものと考えます。
シンポジウムの模様は今のところこちらで公開されています。(公開終了したようです。)ぜひご覧ください。


2014年05月30日

学問のススメ

miniちょうど一年前の夜、目白駅前は集中豪雨の前触れ、
どんよりと重い空でした。

今日は事務所に缶詰でしたので、日中の空を知らずに終えましたが、いかがだったのでしょうか?
梅雨入りそろそろでしょうか?

さて、5月21日、地域住民による関西電力への大飯原発再稼働差し止め請求が福井地裁により認められたとマスメディアが報じ、裁判長の述べた判決理由について高い評価を示す報道がありました。私も、その紹介された判決理由に共感し、このような判決理由をまとめる力が司法に携わる方々に備わっていることに安堵しました。そして、このような力を付けるために勉学の目的は本来あるのではないかと、自然科学、法律・倫理学はもちろんのこと心理学を含むいわゆる人文科学による総合的な判断を下し、それを人に分かりやすく伝える文章力とすべてがバランス良く、またそれらを知見へと結実させる経験に基づいた判断が経済一辺倒の浅はかさを見事に射し示しています。
何のために学ぶのかと子供に問われたら、このような文章を書ける人になるためだと伝えてあげてたいと思いました。
簡単にはなれないけれどね。目標は高く!

2011年07月20日

ちょっと微妙な言葉

「住宅医」という言葉が動き出しているようです。
私が新人の頃、住宅を主に手掛けている建築士の先輩には、「我々は町医者のように在るべきだ」「在りたい」と述べておられる方々がいらっしゃいました。新築時に設計するだけではなく、住み手が住み続けていく中、折に触れて相談を持ち掛けられる関係性を維持し、専門家として適切な判断をお返ししていきたいと。
私もそうありたいと普通に思っていました。

そういう思いと「住宅医」と称するものは同じなのだろうか?
どうも違うようです。
人口が減って新築件数が減少する住宅産業は、リフォームに目が向いている。
そこで、中古住宅を安心して住み続けていくことができるように調査診断し、補修改修する技術が必要となり、その技術は新築における設計力とは別のものなので、その技術を有する証として「住宅医」という名称をフィットさせたようです。
「住宅診断士」ではなく、「住宅医」。
医師と位置付けするところにどういう意図があるのでしょうか。
診断士よりも知識や判断力のランクが上ですよというアナウンスではないかと思いますが、住宅を長く済み続けていくことができるように指導していく役割の重要性を伝えたいという意図もあるのではないでしょうか。そうであってほしいと思います。
本当に軽んじることのできない重要な役割ですから。

でも、「住宅医」には、ちょっと微妙な言葉だな・・・という第一印象。
「樹木医」という言葉が出てきた時には、待ってました!的な反応を示したのに、
なぜかな?危うさを感じる。

この「なぜか」というところをきちんと文章化することを「樹る(たつる)」と私は称しています(笑)。 内田樹さんがいつもブログで見事になさっているのでね。
でも、私は樹れない・・・(泣)。

2009年07月21日

水のこと 続編

昨年末執筆致しましたコラム「水のこと」の続編を寄稿致しました。


ご報告:
2004年からこのコラムの執筆に携わって参りましたが、運営もとの体制が変わり、今回にて終了とさせていただくことと致しました。
これまで貴重なお時間を割いて読んで下さった皆さま、ありがとうございました。

2008年12月09日

水のこと

この一年を振り返ってみますと、春には井戸の再生工事を行い、夏にはゲリラ豪雨によるご近所での災害に胸を痛め、秋には「水のまち」として知られる郡上八幡を訪ね水の流れるまちの素晴らしさを体験しと、とても水に対して考えることの多い年でした。そこで、こんなコラムを執筆致しました。

2008年04月01日

暮らしの中の和紙

久しぶりにコラムを執筆いたしました。
和紙の魅力をお伝えしたいと、歴史から紐解いておりましたら、すっかりタイムスリップしてしまい、平安の世に舞い降り十二単の袖を気にしつつ水色の薄葉にほんのり杏色の薄葉を重ね小筆でさらさらと和歌を詠むわ・た・し。。。と妄想に突入してしまい、ちっとも筆ならぬkeyが進みませんでした。
あ、薄葉というのは雁皮という植物でつくられる薄手の詠草料紙 (和歌を詠む紙)のことです。平安時代の女性たちは十二単や薄葉など、色目合わせや透かしを表現することを楽しんでいたようですよ〜。
風が強い今日など、桜吹雪が舞い散る中で一句!
                     な〜んて才能がほしーい!!

2006年01月18日

土地さがしの扉

晴海デザインセンターのホームページ内に『土地さがしの扉』というタイトルのコラムを執筆致しました。
土地探しから住まいづくりを始められる方へ向けてのコラムですが、改正された不動産新・表示規約が年頭から施行されていますので、皆さまも宜しければご一読下さい。

chou23 at 10:00|この記事のURLComments(0)