study

2019年07月11日

受講義務があります・・・

3年に一度、木造住宅耐震診断技術者に課せられた講習会受講義務。この類の講習会は講師がただ認定テキストを読み上げるだけの恐ろしく苦痛なものが多いけれど、今回は講師が山辺構造設計事務所の山辺さんでしたので、認定テキストを使わないオリジナル資料による実務に基づいた新築計画にも役立つお話で、3時間がアッという間に過ぎて行きました。山辺さんのお話を伺っていると、なんだかな・・・と疑問に思ってしまうことのある耐震診断も、住み手のために頑張ろう!と思えてきます。 地盤の特性を知るに役立つサイトもご紹介頂きましたので、リンク貼っておきますね 
  まずは 「全国地震動予測地図」2010年度版解説書
  そして 地図の使い方
  地図は J-SHIS map

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2019年06月17日

空き家の活用

『みんなの空き家活用とまちづくり』シンポジウム
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大変良いシンポジウムでした。空き家活用においてハードルとなる事柄を如何に克服して可能としていくか、転用と運用継続のアイディア、今後の課題等々。
第1部「空き家活用65件の事例からみる福祉転用の可能性」では、検査済証の有無に左右される行政判断力を活用側にて補うには膨大な費用負担が発生するにも関わらず、活路を見い出し活用を実現された方々の知恵を資料にて紹介頂きました。その方々始め多くの方々の活動の成果として、要確認申請物件の面積緩和(100屬ら200屬悄砲遼_正があると思われます。又これまでグレーゾーンとされてきた準住居系とも言える「小規模シェアハウス」「地域の居場所」などへの変更を用途変更扱いとしないと法で定める動きにも繋がっていると思われ、既に豊島区では「家族的な住まい方」という概念を設けて制度化し、空家活用条例として2018年4月1日から施行しています。この認定手続きがスムーズなものであることを切に願います。
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空き家活用今後の課題として、
・運営費用
 収益の出ない居場所系はスタッフのボランティアに支えられている現状。固定資産税相当分家賃で賃貸交渉が成立できると有り難い。
・運用の継続
 大家さんの好意に寄って成立している賃貸契約の場合、大家さんが変わった時にどうなるかが不確実な状態である。相続が絡む場合は、相族となる前に動け!が鉄則。また、地域に根ざそうと地域で閉じる方向でシステムを考えがちだが、むしろ逆で、地域を超えて多くの人を巻き込んで行く方が事業停滞しない。空家活用問題は漸く利活用の議論の段階に入ったのではないか。
・空き家を見つける方法と大家と店子を繋ぐ手立て
 不動産業者を通すと家賃が相場で決まる。地元新聞販売店や商店街の老舗店主等の空き家情報を持っている人がネットワークを確立できると良い。賃貸借契約書のひな型必要。国交省の「空き家バンク」は都心では機能していない。
・税制度
 収益発生する事業として活用する場合は固定資産税がポンと上がり大家の負担は増す。また福祉制度の中に含まれていないケアラーカフェ等福祉的事業に対する税負担の緩和、遺増等無償の取引であっても発生するみなし譲渡所得課税の例外規定の見直しの必要性。

まとめ
空家問題は様々な課題を克服するアイディアが求められており、それを持って政策提言に繋げていく必要がある。

主催頂いた「もうひとつの住まい方推進協議会」「法政大学大学院政策創造研究科」の皆様、有意義な時間をありがとうございました。

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2019年03月10日

3月10日

1945年3月10日東京大空襲を体験された方のお話を伺ってきました。場所は、関東大震災でも、東京大空襲でも焼け残り、奇跡のエリアと言われている、墨田区京島にある大正12年9月1日の関東大震災直前に建設された長屋の一軒、現在『キラキラ茶家』という名称で地域交流サテライトとして改修利用されている施設です。この地域の焼け残った長屋は、近年「墨東長屋」として若い世代が現代感覚でリノベーションし、様々な用途に活用し話題となっています。

お話して下さったのは、当時京島西隣の小梅(現在の向島)で生活していらした昭和5年2月生まれの女性です。戦前戦中の教育から日本は神の国だから負ける筈がないと思っていたけれど、足の早かった同級生が空襲で片足を失った現実を見る事から、それは間違いと気付き始めたと仰っていました。

現在上野で開催中の『奇想の系譜』展で紹介されています絵巻『山中常盤』を描いた岩佐又兵衛の出自から、織田信長が残虐な大量殺人をおこなった人物であると知りましたが、そのようなことは教科書には出て来ず、「泣かぬなら殺してしまえ杜鵑」という気質であったと伝えられるだけで、天下を取った人物として印象付けられています。織田信長に殺害された民間人にも、語り伝えられるに値する人生があったであろうに、しかしそれを知るすべは無く、体験が風化して行くと昭和の出来事もそうなってしまう。負け戦はするな、勝ならばよしと思っている固陋政治家、マスメディア就労者、その他沢山いるような気がしていますが、戦争はダメ。

「父と暮らせば」の井上ひさしさん、黒木和雄さん、「火垂るの墓」の野坂昭如さん、高畑勲さんは、戦争はダメだということをしっかり映画を通して残して下さいました。貴重な体験のお話も残さなければと思いますので、録音したお話のテープ起しをさせて頂きます。

長屋とスカイツリー
墨東長屋とスカイツリー
界壁
長屋の界壁
レオパレスとは違いちゃんと小屋裏まで建ち上げています。


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2018年11月28日

SH+

伝統のディテール
30半ば、東大寺見学時のこと。
強い口調で、「中世で革命が起こったんですよ!」とお教え頂いた。
私の質問は、「木造工法における頭貫の登場に関して」でした。
広瀬先生の口調には重源への尊敬心が込められているように感じ、ストレートで理解に直結する言葉であったと、今も心に深く残っています。そして「イイクニツクロウカマクラバクフ」でしか無かった私の粗末な時代認識に、命が吹き込まれたような気が致しました。
広瀬先生を、木造工法を学び始めた頃に購入した「伝統のディテール」の著者としてまず、存じ上げました。お目にかかれたのは東大寺見学の時と東京芸術劇場で吉田桂二さんと対談された時の二度っきり。対談の時のお話も素晴らしかったのに、取ったメモをどこかに無くしてしまって残念。
とても長身で、杖をついて歩かれているけれど、東大寺に外車をご自分で運転して来られたと聞き、建築家らしいなと思ったことを覚えています。
木造工法の大家と認識していた方が、日本における鉄骨造住宅の先駆者と知ったのも、その頃だったと思います。そぎ落としの美でまとめられた自邸の写真は目にしたことが有りましたが、建築展にて原寸鉄骨フレームが再現されると聞き、最終日朝一で行ってきました。
SH-1
軒先
棟

企画実行頂きました広瀬鎌二アーカイブス研究会他の皆さま、
ありがとうございました。


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2018年06月27日

犬の気持ち、ネコの気持ち

女性建築技術者の会6月定例会は『犬と猫との住まい講習会』でした。
講師にタイトルに関する著書多数執筆されている金巻ともこさんをお招きして、お話を伺いました。

洋犬種、和犬種、其々に相応しい住環境の違い、ネコと犬の人との間の取り方の違い、ペット年齢による配慮の違い、退屈な一日とさせないために人が考えるべきこと、人間の目に晒されない場所(ハウス)とハウス前の背骨をしっかり伸ばせる運動スペースの大切さ、水をいかに飲ませるかというネコへの配慮、体重管理の必要性、etc. ペットシッターというサービス利用を想定した住宅設計においては、地域差(関西はリビングにシッターさんを入れない派、関東は入れる派が多いという違い)があるそうで、ベビーシッターに対する際とは異なる感性が求められるようです。

これまでペットというものを飼ったことの無い私は、ペットの気持ちを理解することができませんので、過去のペット共棲住宅の設計においては、建て主さん(飼い主さん)のご指導の下、諸所判断させて頂きました。設計させて頂いた写真の家の住ネコ「チョッちゃん」は、襖や障子、杉の床や柱、窓枠など爪を立てたくなりそうな建材に対して爪を立てず、決まった所、ものでのみ爪を研ぐとても賢いネコで、それは建て替え前の家でもそうでした。建て主さんの穏やかな性格とチョッちゃんを退屈させない心遣いによるところかもしれません。安心して和の建材が選択できた事例となりました。
ちょっちゃん

が、これから飼いたい!飼ってみたい!!という方の場合には導いて頂くことはできませんから、そのような方の犬やネコとの暮らしを設計する際に活かすことができるよう、しっかり配慮すべき点を伺ってきました。とはいえ、犬やネコも人と同じで個々性格が異なりますので、手法は一概に言えるものではないと思います。金巻さんはコンサルティングも引き受けてくださるとのことですので、アドバイスが欲しい!という時には頼りにさせて頂きたいと思います。

環境省では「家庭動物等の飼育及び保管に関する基準」が作られており、国交省「健康維持増進住宅研究委員会」では、人のヒーリングや空き家対策と絡めてペット共棲住宅が検討されているようです。これは、これから益々ペット共棲住宅が増えて行くという予測が立てられてのことだと思います。感情を示してくれるペットの代表格、犬とネコとの共棲は、犬の気持ち、ネコの気持ちを理解した上で設計出来れば・・・と常々思っていましたので、金巻先生から心得を伺うことが出来てとても嬉しかったです。よいご縁を紹介下さった定例会担当の皆さん、有難うございました。

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賢いチョッちゃん、絵のモデルにもなったのよね・・・


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2018年01月23日

雪の日の受験生気分

すべらないよーに、すべらないよーに、と朝の雪景色を味わう余裕なく、歩いて建築士定期講習会場へ。足元だけでなく、上からの落下物にも注意と気象予報士さんがアドバイスしていましたので、フード付きコートを来て出かけたのですが、電線に積もった雪がバッサ、バッサと落ちてくるのでとても役立ちました。依田さん、ありがとう

いつもの倍時間を掛け会場到着。もうあれから三年経ったのか・・・と月日の流れにボー然としつつ着席すると、お隣さんが知人でびっくり!孤独で退屈な一日となるはずが、おしゃべりを楽しめてラッキーでした。

修了考査を終えて夕刻事務所に戻ると、お向かいには可愛らしい雪だるまが待っていました。家族みんなで作ったのかな?
ゆきだるま
目は小ビンの底、口はコカコーラの王冠、帽子は缶の蓋

そしてその脇には特設バーンが!
ここで雪だるまの後ろにちょっと見えているダンボールをソリにして子どもたちがとても楽しそうに遊んでいました。ちっちゃい頃の思い出がまた一つ、増えましたね。
特設バーン

5年前の大雪の時に作った雪だるおはこちら


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2017年10月23日

萬病根切窮理

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大正時代の家相図を拝見させて頂きました。
明治から大正にかけて地域一帯の家相見を担っていた松浦琴生(「萬病根切窮理」著者)の弟子松浦琴勝により大正7年に描かれたものです。
「萬病根切窮理」とは、明治22年に版された、家相と住み手の病の関係性に言及しその直し方を指導する書物の様です。

中八方15°割 東西南北に朱墨で十二支ではなくの加わった五行(木火土金水)が配され、そこに八つの門が割り当てられています。門称は、東(養門)、日(人門)、南(崇門)、南西(死門)、西(驚門)、西北(開門)、北(休門)、北東(鬼門)。
中国の占い「奇門遁甲」における八門の構成は、開門、休門、生門、傷門、杜門、景門、死門、驚門からなり、開門、休門、生門が大吉で景門が中吉、杜門、死門、傷門、驚門が凶とのこと。図は少しこれとは門称が異なるようです。
割合は東〜東南が「木」15°×4で間に「日」と「月」が各15°×1入り、南が「火」15°×3、南西が「土」15°×3、西〜西北が「金」15°×6、北が「水」15°×3、北東に「土」15°×3となっています。
「五行相生相克」というと私はピカチューを思い出しますが、紀元前の時代に万物の分析を試みたアリストテレスらの四元素説(火、空気、水、土)がギリシャから中国への距離を経て五行思想(木火土金水)へと拡がりさらに各要素の関係性まで掘り下げるに至ったとすると、その思想に真理があると信じた人々の気持ちは十分に理解できます。

どう間取りが配されているか、少し確認してみます。
東南「木」に大戸(玄関戸)、桑場、東南「木」から南「火」にかけて池(現在は蓮池)、蚕室、南「火」から南西「土」に庭、畑、南西「土」、西「金」に井戸、西、西北「金」に厠、西北「金」に裏木戸、東「木」に風呂、井戸。
黒く塗りつぶされた壁線が改修指示に当るのでしょうか。北西から北に「吉相」と朱墨で書かれた出張りの部屋が長く陣取り、東から北東にかかる位置にある味噌室にも「吉相」とあります。北東角には別紙が上張りされ間取り案の様なものが記されています。「大凶・凶・わろし」などの間取りを否定する記述は見られません。まあ、家相見だからといって立派なお宅にそうそう否定的なことは言えませんよね。

家族7人の年齢と九星法による星周りも書き添えられています。
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署名のところには「薬不用」と記されています。お決まりの文句のようですが、この家は漢方医のお宅なので、そんなこと書き添えて良いのかと笑えます。
地理風水 天地日月顕明 萬病根切窮理 薬不用 活業
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最後のところには、
      神仏や医師の薬も諸共に 萬病根切の窮理なりけり とあります。

 家が建ったのは江戸後期。何がきっかけで家相を見てもらうことになられたのか、その辺りのことは伺えておりませんが、他家の家相図には表記されていることのある臓器名称が記されていませんので、目的は病気を治すということではなかったのではないかと思います。
 テキストとなっている「萬病根切窮理」に記されている内容に目を通してみますと、方位と人体を対応させており、建物のある部分に不備があると、その方位に対応する体の部分が不健康になると説いているようです。
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 「首の方に火気を備え、腰の方に水気を備えていたら、転じさせて首の方に水気を備え、腰の方に火気を備えなさいよ、それは頭寒足熱法といい、そうしていれば身体が強くなります。それが天地自然の順理です。長年研究して数多くの経験によって判りました。」と、頭寒足熱法なんて、現代でも言われているようなことが記されてもいるのですが、実例として「南の大竈を東南に移したら宿病が全快した」とか、「北東東の浴室やトイレの溜桶を南南東に移したら忽ちお腹が治った」とかが次々と掲げられても・・・ねぇ、という感じがします。
 しかしながら、家相を見るということが、人間の健康と住まいの間取りに気を配ったとてもデリケートなものであったのか、単に中八方に当て嵌めただけのものであったのかどうか判りませんが、人々に住まいの間取りにおいて何か考える規範となるものが欲しいという思いがあり、松浦琴生がそれに応えようとしたのであれば、今ほど詳らかではなかった自然の摂理の理解から「萬病根切窮理」を上梓したということは、とても素晴らしいことであったのだと思います。
一枚の家相図がそんなことを考えさせてくれました。
大変貴重な資料に出会えたことに、感謝です。


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2017年06月15日

柳窪集落

北西5キロ先に狭山丘陵を背負った小平霊園の北側に、一見公的緑地かと見まごう一帯があります。「柳窪集落」と呼ばれるこの地域は、周辺が時代とともに変貌する中、敢てその流れに自主的に逆行し地に根を張り続ける大樹のごとく存在し続けることを選択した、貴重な環境を守り続ける人々の暮らす住宅地です。
柳窪
柳窪2
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私たちの暮らす町は都市計画上「市街化地域」と「市街化調整地域」に分けられています。其々は「市街化を促す地域」と「市街化するのを調整(抑制)し、農地等を確保する地域」ということになります。都市まちの発展パターンとしては「市街化地域」指定を受け宅地や施設等の建設を進めるというものが一般的で、都市部は殆ど「市街化地域」に指定されています。「柳窪集落」のある東久留米市でも、昭和45年12月26日に市域全域を市街化区域としました。
しかし、現代の宅地スタイルとはかけ離れた1000坪オーダーの屋敷林を持つ江戸時代から続く柳窪集落の民家は、現代のシステムには馴染めないことが多く、固定資産税の料率等も含めて立ち起こる様々な問題に翻弄され集落の解体を余儀なくされそうになってしまった。そこで、住民たちが知恵を絞り導き出したのが「逆線引き」という市街化地域から再び市街化調整地域に戻す手法で、今から27年前の平成2年3月9日に切り替えられました。このことにより、一帯約37000坪は開発の波から守られ、維持費等に課題が残りつつも、現在に至っているとのことです。財産評価額が下がる「逆線引き」という行為に対し住民各位の合意を得るということは、まとめ役を担われた方には相当大変なことだったであろうと推察します。

私はこのような地域がここにあるということを全く知らなかったのですが、女性建築技術者の会会員でこの地域に縁のある方にご紹介頂きました。一帯には江戸末期から大正末期に建てられた養蚕農家10軒があり、内1軒は電力王と言われた松永安左エ門が1930年に住民より譲り受け所沢(旧柳瀬村)の別荘「柳瀬荘」に『黄林閣』として移築し、戦後1948年には国へ寄贈され、1978年には国の重要文化財指定を受けています。内8軒は建物を今も暮らしに使っているとのこと。今回はその中の江戸末期から明治初期に建てられた5軒の民家を案内して頂きました。一帯は名字を同じとする世帯が多いため、お互いを屋号で呼び合う慣習があるとのことで、天神社の前にある「村野家住宅」は屋号を「天神前」と言い、江戸末期天保年間1838年に母屋が建設されました。2011年に屋敷内の主屋・離れ・土蔵・穀蔵・新蔵・薬医門・中雀門が国の登録有形文化財に指定され、屋敷は『顧想園』という名称で地域理解を深めるために期間を定めて見学会を行っています。写真撮影もOKとのことでしたので、ここに掲載させて頂きます。

主屋玄関
天神前主屋
当初はこのような立派な玄関はなく、昭和の初めに貴人を迎え入れる必要が生じた際に欅の式台を設けて増築されたとのこと。
玄関
「げんかん」
扁額は名称『顧想園』の由来となった国木田独歩「武蔵野」内の日記文
「午後林を訪う。林の奥に坐して四し、傾聴し、睇視し、黙す。」より
主屋玄関懸魚
屋根に懸る懸魚は寿老人が鶴に乗るお目出度い柄 奥には松と鷹の蟇股
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どま
当初より家人の出入り口(=玄関)であった「どま」
「みせ」から「かって」を見る
「どま」に隣接する「みせ」(6畳)から「いろり」を介して「かって」を見る
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三間見通し
客間である「おく」の間から「げんかん」を介して「どま」方向を見通す
障子
「おく」の間の近江八景を描いた摺りガラスの入る障子
近江八景摺りガラス
おくの間
矩折りに続く二つ目の「おく」の間
左手に見えるのは離れへと続く渡り廊下
障子・網干(あぼし)と帆舟
付け書院には網干と帆舟の障子
床柱の刀傷痕
床柱に残る1866(慶応2)年武州世直し一揆の刀傷痕

離れを見る村野家離れ
離れは三代目当主夫人の田無の実家で当初隠居所として造られたものが大正期に移築され、のちに玄関部が洋間に改装されました。
洋間
洋間外観
鉄格子
洋間の窓に付けられた竹モチーフの鉄格子
島村俊表作の欄間
 クリックすると大きくなります  
離れにも「ざしき」と呼ばれる畳敷きの十畳間が二間あり、付け書院には嶌村俊表作の欄間がかかっています。
春
土筆や蒲公英、菫と可愛らしい春が表現されています。
手洗い
花柄の摺りガラスの窓に面したトイレの手洗い
離れは女性の住まいであることが意識されたデザインとなっています。

鯉のぼり
敷地内にある狭山茶の茶畑で雄大に泳ぐ鯉のぼり
中雀門中雀門
見越しの松
中雀門 見越しの松
茶室「顧想庵」外観
顧想庵
足元に根府川石の拡がる濡縁
明治31年に建造された新蔵に付随する6畳の蔵座敷は、当初隠居部屋とされていましたが、昭和37年に茶室「顧想庵」として改装されました。
顧想庵 床
檳榔樹(ビンロウジュ)の床柱
お軸には「遠山無限碧層々」遠山限り無き碧層々
        『碧巌録』第二十則のようです。
想定樹齢180年の高野槇2
新蔵前に立つ想定樹齢180年の高野槇 再び


2017年03月06日

熊本地震被害に対する考察を伺って

H28年度 国立研究開発法人建築研究所講演会 特別講演『熊本地震による木造住宅の被害から耐震設計を考える』を聴講しました。東京大学名誉教授坂本功先生による講演項目はどれも関心高いものでした。
以下メモ的なこと・・・
1.国交省報告書の内容と8100問題
8100問題とは、1981〜2000年問題のこと。基準の明確化が間に合っていないこの期間に建設された住宅の耐震性に対する懸念
  1981年 木造必要壁量の増加(新耐震基準の設定)
   (1995年 兵庫県南部地震)
  2000年 基準の明確化/木造仕様規定の具体化
             ・接合部の具体的仕様、偏心の抑制(4分割法)
国交省の報告は8100問題を抱える建物に関して触れられていない。8100問題に対する懸念は、地震の被災状況に顕われてしまったと考えるべき。(私は行政の耐震改修工事助成制度にこの期間に建設された住宅も加えることを望みます。)
※参考/国交省住宅局報告書 概要ポイント

2.平成12年基準の木造住宅の倒壊とその理由
接合部の具体的仕様が示され、偏心の抑性(四分割法)が求められるようになった平成12年(2000年)、国交省は平成12年基準に従った木造住宅であれば熊本地震での倒壊は免れた、倒壊してしまったのは接合部に不備があったり、基準に従わず作られたものであると報告しているが、果たしてそうか。
倒壊理由は、本震の強さにある。「震度7が二回」は二次的な理由であり、本震の破壊力は新耐震基準で想定している地震動の2〜3倍であった。倒壊危険周期である1.0〜1.5秒の成分が非常に大きい。故に基準に従ったとしても倒壊する。

3.非倒壊の木造住宅とその理由
では、倒壊しなかった建物があるのはなぜか。これは偏に余力が源泉となっている。設計基準に含まれる余裕度(設計上のクライテリア1/30に対し実際に倒壊する1/5〜1/3迄の余裕)。

4.「直下率」と構造計画の重要性
テレビで(NHKあさいちのようです)熊本地震でH12年基準の木造住宅が倒壊したのは直下率が低いのが理由と報道され、巷でも「直下率」という言葉が使われ始めている。しかし、直下率の低さが主要な理由ではない。二階の耐力壁の力が一階に流れて行かない水平構面の不足もある。
「直下率」は構造を考えるにおいて非常に重要である。住宅保証機構が行った調査統計では、事故物件数が直下率50%を下回るととたんに増える。耐震性以前に日常生活に不備が生じる。
あるべきところに柱・壁があるという構造計画が重要である。

5.耐震基準と耐震設計法
耐震基準を見直すべきか?
耐震基準は人間同士の約束事であって、自然の猛威の方はそれに構ってはくれない。想定外の地震動による壊れへの制御を考えるには、どのように倒壊するかをイメージしておくことが必要。

6.今後に向けて
木構造研究の世界はかつては小さな村だったが、現在は町?程度になって来ているので、今後は小さな国を目指す気持ちで。
数値的に言えば「耐震性能5」のような表現になってしまうが、地震災害へのより一層の対策研究が望まれる。

東区住宅地
2016年6月熊本市東区(撮影/廣田)

2017.03.10追記
このメモは私見に基づき、走り書きにて取っております。講演内容との完全な一致を保証できるものではありませんので、ご了承ください。

2017年01月14日

災害とレジリエンス

住宅医フォーラムに「災害とレジリエンス」というテーマでのパネルディスカッションに特に関心を持ち、参加i致しました。
昨年の5月、JSBCがCASBEE制度において「レジリエンス住宅チェックシート」なるものを作成していることを知ったのですが(公表は7月)、東日本大震災後、国がその様な視点を持って動き始めていることに安堵致しました。熊本での震災被害状況から耐震性の強化ばかりに建て主の注目が行き、大切な普段の生活の見直しがないがしろにされる傾向が強まることに危惧を抱いていたからです。「レジリエンス」とは外部から受ける力や影響に対する「しぶとさ、強靭さ、回復力」を意味する言葉であると制度説明の中で表記されています。趣旨は住まいのレジリエンスを高めるためには、平常時、災害発生時、災害後と其々のフェーズを想定して日常の暮らしの中で備えて行くことが大切、ということかと理解致しました。
東日本大震災で被災された方々のお話を「記憶の中の住まい」の活動の中で伺った際に、私は日々の生活の中に根付いた災害への備えが如何に大切かということを教えて頂きました。災害の歴史の中から学びとられた日常の習慣は、いざという時に命を守ります。漁師は朝、海や山、自然の様子を確認するため東西南北家四方の窓を全部開けて毎日拝む、この習慣がチリ地震の時の津波被害から地域住民の命を守ったけれど、今回は海が見えない住環境だったのでまったく気付かず行動が遅れた、津波の時にシャッターや窓を開放し津波を受け流すよう備えたのは経験知によった、日頃から津波警報が出たら何も持たずにすぐ高台にある家族の職場に集合するということを決めていたので全員無事だった、など災害をいつも意識し備えていることの重要性が感じられました。日常の備え無くハードに頼りきる方法で自然災害の危機感から解放されたいという現代人の欲望は、防潮堤を高く築城するかの如く住宅の有り様を捉えることにつながり、それは悪循環の始まりにしかならないと思います。
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表題のパネルディスカッション終了時

災害をいつも頭の片隅に置いて生活することがストレスとならないような知恵を、みんなでストックしていく、そんなムーブメントが建築界の中で起こると良いと考え参加したのですが、今回の企画趣旨は、レジリエンスという聞き慣れない用語がもうじき頻繁に使われるようになるから今のうちにチェックしておきなさい、という程度のことだったのでしょうか?パネリストのみなさん、あまり議論内容に満足しておられないような表情にも見受けられ・・・。そんな内容でした。

以下メモ的なこと
熊本のような連続する地震に対しては制振機構が有効であるとする民間のコマーシャル合戦も始まっていますが、パネルディスカッションの中で五十田教授は、一か所二か所と部分的に制震機構を取り入れても有効には機能せず、それならばむしろ耐震性を上げる方向で対処した方が良いとの意見を述べられていました。
また、熊本の工務店からは、多くの住まいで地震の恐怖を感じる中家族が集まったのは真壁造りの狭い和室であった、というお話もありました。家を支える柱という構造物が「見えている」ということがいざという時の対処につながると住み手の方が判断された、ということかもしれません。

2/6追記:
1/27に行われた京大防災研究所における戸建て制振システム振動台実験の結果報告記事が出ました。この中で、五十田教授は連続地震に対する制振システムの部分的取り入れ効果を認めていますね。制振システムの働きを除いても耐震性能3相当のモデルとありますが、制振システムの効力を判断する実験で耐震性を高く設定したのはなぜなのか。その狙いを推測できずにおります。また、制振システムを搭載していない比較モデル(耐震性能3)が二回目の加振で倒壊、という結果にも疑問が残ります。こんなに小割りな単純プランで倒壊とは・・・。